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アインベックについて補足

2010/11/27 (土)  カテゴリー/アインベック旅ビール

 世界的に有名なビールの都ミュンヘン。でも一昔前までミュンヘンのビールは不味かったってご存知でしたか?

 中世ドイツのビール醸造の中心地は北ドイツだったのです。北ドイツはハンザ同盟と貿易で栄え、整った職業組合の下で作られるビールは重要な輸出品でした。
 
 特にハノーバー市の南50kmに位置するアインベックは独特の醸造システムをもち美味しいビールを造る、と大変評判が良く北はスウェーデンやロシア、南はインスブルックまで輸出されていました。
 
 一方、ミュンヘンを中心とするバイエルンでは意外なことにワインが飲まれていたんです。ブドウが収穫できる気候ならばワインを造るほうがビールを醸造するよりも簡単です。その頃のビールはといえば、コストを削減する為に松の皮や家畜の胆汁など入れたり水増しをしたり今では考えられないような粗悪品が横行していました。

 バイエルンにアインベックのビールが持ち込まれたのは16世紀半ばのこと。貴族達はたちまちアインベックのビールの虜になり、こぞって買い求めるようになります。バイエルンの宮廷でも愛飲されるようになったのですが、次第にビール消費が財政を圧迫するようになります。そこでときのバイエルン王ヴィルヘルム5世は1589年に宮廷醸造所ホフブロイハウスを創設し自身でもアインベックを真似たビールの醸造を始めます。有名なミュンヘンのホフブロイハウスは、こういった背景の中で誕生したのです。

 「アインベックのビール」はバイエルンで訛ってお馴染みの「ボックビール」と呼ばれるようになります。ボックビールのラベルには角を突き合わせる雄山羊のイラストが書かれることが多く「雄山羊(ボック)のように強いビール」と思われがちですが、本当はアインベックが訛ったものなのですよ。
 
 その後1618年~1648年の30年戦争ではアインベックはビール醸造が困難なほどに破壊されました。一方ミュンヘンはブドウ畑に壊滅的な損害を被り以後ビール醸造が主流になり現在に至るという訳です。
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テーマ : ビール - ジャンル : グルメ

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